隣の芝は どうしていつも 青いのか

誰かにとっての「隣の芝」になれるまで、言葉を考え、言葉に悩む。

035 未来を拾いに

「『30歳になる』って、どんな感じなんだろう」

おそらく、30歳未満の人なら1度は想像したことのある

テーマではないだろうか。

 

 

「『30歳』って、もっとオトナだと思ってた」

おそらく、30歳になった人なら1度は思ったことのある

感覚なのではないだろうか。

 

 

 

今日(正式には日付変わって昨日)、また1つ歳を重ね、十の位が1つ増えた。

 

 

アンケートで〇を付けるところは隣に移り、

年齢を書くところには、キリの良い数字を書き記すことになる。

 

 

でも、物理的な変化はそれくらいしかない。

 

 

 

それなのに、何故だろう。

自分の中での「30歳」という響きによる変化は、思いのほか大きかった。

 

 

「20歳」は「やっとなれた」だったのに、

「30歳」は「なってしまった」と感じる。

 

 

何も成し遂げることの無いまま、この歳を迎えてしまったことに対する

後悔がそこにはある。

 

 

去年も同じことを書いたような気もするが、

これは過去の自分がこうなるような選択をした結果であり、

今さらどうこう出来ることではない。

 

 

 

 

だから、30歳を迎えた今、はっきりと思うのだ。

 

この1年で、20代の自分を"完結"させて、次に向けた歩みを

一歩でも二歩でも踏み出すようにしようと。

 

 

 

20代の前半は「思考の熱量」が全盛期だった。

 

20代の後半からは「諦め」と「赦し」が登場してきた。

 

20代最後に見た景色は、何にも形容しがたい素晴らしい眺めだった。

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内面的な変化も、外部から受け取って感じることの変化も、

全てをひっくるめて、30歳の自分がある。

 

 

 

未だにこうして自分主体のことしか書けないけれど、

自分の思う未来を拾うためには、

また少しずつ変わっていかなくてはいけない。

 

 

そういう意味で、まだまだ楽しみなことがこの先にあると期待して、

今日は寝るとする。月曜だし。

 

 

 

最後になりましたが、誕生日メッセージくれた方々には大感謝です。

ありがとうございました。

 

 

今日もご愛読、感謝です。
written by kobakkuma.
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